非IT部門におけるDX推進のためのリスキリング実践:部門別デジタルスキルマップの作成と活用
はじめに
製造業をはじめとする多くの企業でDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進が喫緊の課題となっています。特に非IT部門においては、「具体的に何から手をつければ良いのか」「部下のデジタルスキルにばらつきがあり、どう育成すべきか」「自身のITリテラシーが追いついているか不安」といった声が聞かれます。
本記事では、このような課題を抱える非IT部門のマネージャーの方々へ向けて、部門全体のデジタルスキルを底上げし、DX推進を加速させるための具体的なリスキリング実践法として、「部門別デジタルスキルマップ」の作成と活用方法を解説します。このスキルマップを通じて、部門内のスキルを可視化し、計画的かつ効果的な人材育成を進めるための具体的なステップをご紹介します。
DX推進におけるリスキリングの重要性
現代のビジネス環境において、デジタル技術の活用は企業の競争力を左右する重要な要素です。特に製造業のような現場を持つ部門では、データの収集と分析、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)による定型業務の自動化、IoT(モノのインターネット)による生産性向上など、デジタル技術を業務に組み込むことで、抜本的な変革が期待できます。
しかし、これらの変革を進めるためには、単にITツールを導入するだけでは不十分です。実際にツールを使いこなし、データを活用し、デジタル技術によって業務を改善できる人材が部門内にいることが不可欠です。この人材不足を解消し、既存の従業員が新たなデジタルスキルを習得するプロセスこそが「リスキリング」であり、DX推進の鍵となります。
部門別デジタルスキルマップの作成と活用
部門別デジタルスキルマップは、DX推進の目標達成に必要なスキルと、現在部門が保有するスキルを明確にし、そのギャップを埋めるためのロードマップを描くためのツールです。これにより、漠然とした「デジタルスキル不足」という課題を、具体的で行動可能な「育成対象スキル」へと変換できます。
1. DX推進目標と連動した必要スキルの洗い出し
まず、部門として達成したいDXの目標を明確にし、その目標達成のためにどのようなデジタルスキルが必要となるかを具体的に洗い出します。これは、単に「プログラミングスキル」や「AIの知識」といった一般的なスキルを列挙するのではなく、部門の業務とDX目標に直結する形で検討することが重要です。
例えば、以下のような視点で洗い出しを進めます。
- データ活用と分析: 生産データや顧客データをExcelのPower BI機能やGoogleデータポータルといったBIツールで可視化・分析し、業務改善や意思決定に役立てるスキル。
- 業務自動化: RPAツール(例:UiPath, WinActorなど)を用いて定型業務を自動化するスキル、またはその自動化の企画・要件定義スキル。
- クラウドサービス活用: Microsoft 365やGoogle Workspaceといった一般的なクラウドサービスをより効率的に利用するスキル、または部門で利用する特定のSaaS(Software as a Service)の基本的な操作スキル。
- デジタルリテラシー: 信頼できる情報源を見極める能力、情報セキュリティの基礎知識、デジタルツールやサービスの基本的な仕組みを理解する能力。
これらのスキルは、非IT部門の従業員がすぐに実践できるレベルから設定し、徐々に高度な内容へとステップアップできるような構成を検討します。
2. 現状スキルの棚卸しと評価
次に、洗い出した必要スキル項目に対して、部門メンバー一人ひとりの現在のスキルレベルを客観的に把握します。評価方法にはいくつかの選択肢があります。
- 自己評価: 各メンバーが必要スキル項目について自身の習熟度を申告する方法です。
- 上長による評価: マネージャーが部下の業務遂行状況からスキルレベルを評価する方法です。
- 簡易テストや実践課題: 特定のツールの操作やデータ分析に関する簡単な課題を解いてもらうことで、実践的なスキルを測る方法です。
これらの方法を組み合わせることで、より多角的かつ正確なスキル把握が可能になります。例えば、スキルレベルを「入門」「初級」「中級」「上級」といった段階で定義し、具体的な達成基準を設けることが有効です。
3. スキルギャップの特定
必要スキルと現状スキルの評価結果を比較し、部門全体および個人ごとのスキルギャップを明確にします。例えば、「部門全体の目標達成にはデータ分析スキルの中級レベルが必要だが、現状は初級レベルのメンバーが多い」といった具体的な課題を特定します。
このギャップが、今後のリスキリング計画において優先的に取り組むべきスキル項目となります。特に、部門全体のDX推進に不可欠な基盤となるスキルや、ボトルネックとなっているスキルから優先順位をつけることが推奨されます。
4. リスキリングロードマップの策定
スキルギャップが特定できたら、それを埋めるための具体的なリスキリングロードマップを策定します。ロードマップには、以下の要素を盛り込みます。
- 学習目標: どのスキルを、いつまでに、どのレベルまで習得するか。
- 学習コンテンツ: 目標達成のための具体的な学習方法や教材。
- オンライン学習プラットフォーム: Udemy, Coursera, Nacademyなど、体系的に学べるコースが豊富です。非IT部門向けに、プログラミング不要のデータ分析やRPA入門といったコースが多く提供されています。
- 社内研修: 集合研修やeラーニングシステムを活用し、共通の基礎知識を習得します。
- OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング): 実務を通じて先輩社員や有識者から学ぶ機会を設けます。
- 外部セミナーやワークショップ: 特定のツールや技術について集中的に学ぶ機会です。
- 学習期間とスケジュール: 無理のない範囲で、継続的に学習できるようなスケジュールを設定します。
- 進捗管理と評価方法: 学習の進捗状況を定期的に確認し、スキル習得度を評価する仕組みを定めます。
例えば、データ分析スキルを強化する場合、「入門編としてExcelのPower Query/Power Pivotの使い方をオンラインコースで学習し、実務データを使い週に1回アウトプットする」といった具体的な計画を立てることができます。
5. 実践と評価・改善
策定したロードマップに基づき、リスキリング計画を実行します。重要なのは、一度計画を立てたら終わりではなく、定期的に進捗を確認し、必要に応じて計画を見直すことです。
- スモールスタート: 最初から大規模な計画を立てるのではなく、小さな成功体験を積み重ねることから始めます。例えば、特定の業務の自動化やデータ分析から着手し、成果を共有することで、他のメンバーの意欲向上にも繋げます。
- フィードバックとモチベーション維持: 学習の進捗やスキル活用による業務改善の効果を個人にフィードバックし、モチベーションを維持する工夫を凝らします。成功事例を部門内で共有することも有効です。
- 定期的な見直し: デジタル技術は常に進化しています。半期に一度、または年に一度など定期的にスキルマップとロードマップを見直し、最新のビジネスニーズに合わせて更新していくことが重要です。
マネージャー自身のITリテラシー向上も不可欠
DX推進を指揮するマネージャー自身が、デジタル技術の基礎を理解し、その重要性を認識していることは非常に重要です。プログラミングや複雑なシステム開発の知識がなくても、クラウドサービスの概念、データ活用の基本、AIの可能性などを概括的に理解することで、部下との共通言語を持ち、彼らの学習を適切にサポートできるようになります。
まずは、DXに関する入門書を読んだり、ビジネスパーソン向けのオンラインセミナーに参加したりすることから始めることをお勧めします。マネージャーが率先して学び、デジタルに対する好奇心を示すことで、部門全体のリスキリング文化醸成にも繋がります。
まとめ
DX推進は、単なる技術導入ではなく、組織と人材の変革です。非IT部門のマネージャーがこの変革を主導するためには、部門全体のデジタルスキルを計画的に底上げする「リスキリング」が不可欠です。
本記事でご紹介した部門別デジタルスキルマップの作成と活用は、そのための強力なフレームワークとなります。まずは部門のDX目標を明確にし、現状のスキルを把握することから始めてみてください。そして、小さくとも具体的な一歩を踏み出し、継続的に学習と実践を繰り返すことが、部門の、そして自身の成長へと繋がり、DX推進を加速させる道となるでしょう。